意外なことに、武田信虎は、長生きである。81歳までいきている。人物画
息子の武田信玄が死んだときもまだ生きていた。
武田信玄 53歳 上杉謙信49歳 北条氏康57歳 豊臣秀吉 61歳 徳川家康75歳からいっても長生きである。
しかし、まだその上がいる、真田信之 91歳 北条早雲 88歳(異説あり) 島津義弘 85歳 尼子経久 84歳 細川忠興 83歳 宇喜田秀家 83歳 鍋島直茂 81歳といったところである。
武田信玄が病死したあと、武田勝頼をたよったが、混乱をおそれて、甲斐には、戻れず、信濃の高遠城で、晩年をすごしている。
武田勝頼と対面したおり、80歳の高齢にもかかわらず、刀をふりまわしたというから、たいしたものである。
当時、高遠城には、信虎の三男、信廉の居城であったから、勝頼が叔父の信廉にあずけたものとおもわれる。
この信廉、軍事的才能は、信玄 信繁のようにないが、風貌は、信玄に生き写しであったという。
武田信玄が病死したおりは、信玄の影武者として、武田軍を無事に甲斐へと撤退させている。
信玄に追放された、信虎が、信玄とそっくりの信廉と晩年を過ごすことになるとは、。
長篠の戦いがおこるのは、信虎の死んだ1年あとである。
戦国最強といわれた武田軍の滅亡への道を見ることなく、なくなったのは、ある意味、幸せであったかもしれない。